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爆クラ<第69夜>「童貞力をクラシックで追求してみた!」ゲスト:山崎浩太郎

 この数年、文化系の中でよ、耳にするのが「童貞力」という言葉。女性とコトを起こしたいが、その機会もコミュニケーション能力もなく(あったとしてもプライドが邪魔して手が出ず)それゆえ、女性に対する妄想がたまり、その絶大なパワーを見事に言語化したもので、我が国には、たとえば、夏目漱石の小説にもそこはかとなく匂い立ち、アニメやマンガには、まさにそれを表現に昇華した傑作が多く存在します。


 そこに色濃く存在するのは、コンプレックス、コミュニケーションベタ、もはや生身の女を越えた女性妄想、絶対性、破壊衝動、ヒーロー願望、自己愛とプライドといったやっかいなもの。


 そして、クラシック音楽の中には、そういった童貞力の周波数にバッチリシンクロするような楽曲や作曲者、演奏家たちが少なくないでしす、そもそも、クラシックオタクという存在は、そうとう童貞的、でもあります。


 たとえば、ショスタコーヴィチ。私の記憶では、中学校の教室の片隅でレコードを交換していた理科系オタクたちの神はまさに彼。ナンバなモテ男子達のソレがボン・ジョビだったのとは何たる違いでしょうか。


 そのほか、ブルックナー。彼の交響曲の演奏会において、休憩時のトイレの行列がこの時ばかりは、男の方が長いという状態になるほど男性人気の作曲家ですが、その本質には、男性だけが一時期体感する「童貞力」が影響しているのかどうか……。


 はたまた、童貞的クラオタに大きな影響を与えた存在として、一昨年亡くなった宇野功芳さんという指揮者兼評論家がおられるのですが、彼のリコメンのどこが、童貞力を刺激してしまうのかという点にも言及。



 その逆に「童貞力」が受け付けない作曲家というラインも浮かび上がって来ます。具体的な官能の匂いが漂ってナンボのオペラの作曲家たち。女子的なリボンや砂糖菓子の甘さがあるチャイコフスキーはどうなのか……。


 こんな、一見下ネタ、しかし、実は文化評論的に奥深いテーマをともに追求していただくのは、クラシック音楽を歴史物語として説く「演奏史譚」を得意とする音楽評論家の山崎浩太郎さん。


 教養としてのクラシック音楽ではなく、電子音楽の響きを経たクラブ耳を持つ人にこそ体験してほしい、この爆音音浴。生演奏がデフォルトだけれど、録音とオーディオという現代のテクノが入ってこその、音と脳と身体とのセッションを堪能して下さい。(ちなみに今回はよりによって、69回目www)



ゲスト

山崎浩太郎(やまざきこうたろう)

1963年東京生まれ。クラシックの演奏家の活動と録音をその生涯や同時代の社会状況において捉えなおし、歴史物語として説く「演奏史譚」を専門とする。日本経済新聞の演奏会評、専門誌『レコード芸術』『音楽の友』『モーストリークラシック』等に寄稿するほか、衛星デジタルラジオMUSIC BIRDのクラシック・チャンネルのパーソナリティをつとめる。著書は『演奏史譚1954/55』『クラシック・ヒストリカル108』『名指揮者列伝』(以上アルファベータ)、『クライバーが讃え、ショルティが恐れた男』(キングインターナショナル)など。

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